Talking New York --- New Yorkで見つけた英語

発見と感動を与えてくれるニューヨークを英語学習に役立つコンテンツにして毎日お届けしています。

ニューヨーク、エリス島の移民博物館で子供たちが考えていること。


自由の女神は、ほとんどが観光客ですが、自由の女神のいるリバティーアイランドからマンハッタンへ帰るフェリーが立ち寄るエリス島の移民博物館には、校外学習で訪れた子供が大勢います。みんな一生懸命パネルを読んでいます。ここでは集まった子供たちが全員で声に出して説明を読んでいました。結構難しい単語もありましたが、英語をちゃんと理解しています。(ネイティブだから当たり前ですが、思わず「負けた!」と思う程です。(^_^))



この移民博物館には、"KIDS' ZONE"というサインが貼ってある写真があちこちにあります。子供に考えさせる工夫がしてあるのです。



どのようなものか、読んでみます。



悲惨な航海
奴隷船にのったアフリカ人にとって、アメリカへの航海は悲惨なものでした。彼らは怒り、おびえていました。なぜなら自由を奪われ、知っている人がだれもいなかったです。
(問いかけ)
もし家族から離されて知らない国に連れてこられたら、あなたはどう思うでしょう?


もう一枚のキッズゾーンです。



KIDS' ZONEの部分をアップして、読みます。



プレーリー・スクーナーズ
アメリカの至る所で、定住者が走らせる荷馬車は、「プレーリー・スクーナーズ」と呼ばれるようになりました。というのは、遠くから見ると、荷馬車が壮大な草原の「海」を渡る、白い帆船に似ていたからです。
(問いかけ)
あなたの家族が国中を荷馬車で旅をし、外で火をたいて食事を作るということを想像できますか?


もう一枚あります。これは、ちょっと文字が小さいので、写して読みます。



ROTTEN POTATOES
A fungus killed potatoes in Ireland. Since people depended on potatoes for their food, many had nothing to eat. 
Can you imagine what it would be like if the food you eat everyday disappeared?


腐ったじゃがいも
アイルランドでは、菌によってジャガイモが腐ってしまいました。人々は食糧をジャガイモに頼っていたので、多くの人は食べるものが無くなってしまったのです。
もし毎日食べる食糧が姿を消してしまったら、どうなるか想像できますか?


そして、次の一枚にはちょっと意外な英文が・・・。



PARLEZ VOUS....?
The Acadians spoke French.  All of a sudden, they found themselves part of a British colony where English was spoken.
How would you feel if everyone around you spoke a different language than you?


アカディアンの人たちはフランス語を話していました。突然、自分たちが英語が話されているイギリスの植民地の一部にいるのだと分かったのです。
(問いかけ)
もしあなたの周りの人がみんな違う言語を話したらどう感じるでしょう?


意外に思ったのが、英文の最後の"than you"のところです。文法的には、"from yours"だろうと思うのですが、子供が読むものにこう書いてあるということは、これでもいいということか・・・?


もう一つ意外に思ったのは、このイラストの下に書いてあった英文を読んだときです。
"Illustration from a 19-century children's ABC Book.  The New York Public Library"
ニューヨーク公立図書館所蔵 19世紀の子供のABC本からのイラスト


そして、"L"を使った例として、"LONGED for IT"と書かれているのです。「それをとても欲しいと思う」ということですね。日本のABC本の"L"には大抵"LION"と名詞が書いてあってライオンの絵が描いてあると思います。
イラストの女の子は、落ちているじゃがいも(?)をじっと見つめています。お腹が空いていて、それを拾いたいと思っているのでしょうか。
ABC本で、"L"について、子供にこういう使い方を教えていたのですね。他の文字も知りたくなりました。次回行ったとき、公立図書館で調べてみよう!


「アカディア」について、調べたので以下のものを転記しておきます。

アカディア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


当初この地域はフランス中西部出身者を中心として入植されたが、仏領ヌーベル・フランス(現ケベック州)と英領ニューイングランドの間に位置するアケイディアの領有権は北米植民地の覇権を争う二国の間を度々行き来し、1755年、フレンチ・インディアン戦争勃発を機に、英国はフランス系住民に対し、英国に忠誠を誓うことを強制した。これを拒否し、あくまで中立を固持したフランス系住民に対し、英国軍はその住居を焼き、所有地を没収し、フランス本国または英国植民地に強制的に移送するという措置を取った。この事件はGreat Upheaval、Great Expulsion、Deportation、または Acadian Expulsionと呼ばれる。移送を逃れたフランス系住民の多くは先住民の手を借りて仏領ヌーベル・フランスに逃亡した。ケベック州マドレーヌ諸島にはイギリス軍の追及が及ばなかったため、アカディア人の集落は存続した。

移送されたアケイディアの人々の多くは1763年ごろから英国領となった旧アケイディアに帰還し始め、イギリス系住民の入植地を避けてニューブランズウィック州南東部(モンクトン付近)沿岸、北部沿岸、そして州北西部セント・ジョン川(英語版)流域のマダワスカ郡、ノバスコシア州ケープブレトン島のシェティキャンプ(英: Cheticamp)とセント・メアリーズ・ベイ(英: Saint Mary's Bay, Nova Scotia)(仏発音:ベ・サント・マリー Baie Sainte Marie)、プリンスエドワード島南西部エグモント・ベイ(Egmont Bay)、モント・カーメル(Mont Carmel、仏発音:モン・カルメル)付近など、そのほとんどが海沿いの土地に定住し(地図上「現在のアカディアの領域」を参照)、鱈漁と干鱈の加工で生計をたてた。また、アカディア人の一部は、北米南東部のルイジアナ地方で現在アケイディアナと呼ばれる地域に定住し、「ケイジャン」の祖となった。



KIDS'  ZONEの問いかけでは、歴史上の事実を単に知るだけではなく、こういう状況に自分がおかれたらどう感じるか、という相手側に立って想像するということを育んでいるのだと思います。


Englishラボ
MisTy

×

非ログインユーザーとして返信する